本のおさかなさん
小説、詩、エッセイなどの本の中からから、魚や水生動物を集めた辞書型水族館です。
さかな
ニンギョ
川上弘美「離さない 」『神様』中央公論社
人魚がいた。浴槽の三分の一くらいの高さに張られた水の中を、人魚が泳いでいた。端まで行ってくるりと反対側を向き、違う端まで行くとまた反対側に向く。何回でもそれを繰り返す。ゆっくりと、人魚は、浴槽の中を往復しているのだった。
ニシン
ジェイムズ・ジョイス、柳瀬尚紀 訳『フィネガンズ・ウェイク 1・2』河出書房新社
晩鐘の刻、溝掘り人らは農具にかがみ込み、黄鹿のやわらかな鳴き声が(鹿わゆく鹿れんなドレミ声!)乳近づきをふれまわり、ちょうど真夜中が時を打ち(もう遅喜!)するといとも輝かしく大長が燻製ニシン皮のフロックコートから鮫皮の煙草入れを(まがいもの!)取り出すや、ヨシュアとばかりに極上の嗜怡悦地好い感じの両切り葉巻を心付けに与え、いきがりむくみ側じゃなくて反対が輪じゃよ、
ニシン
サリンジャー、野崎孝 訳『ライ麦畑でつかまえて』白水社
しかし、彼女の気に入りは、ロバート・ドーナットの出る『三十九夜』なんだ。この映画は、はじめからしまいまで、彼女、暗記してるよ。僕が十回ばかしも見に連れてったからね。たとえば、ロバート・ドーナットが警官やなんかからのがれて、スコットランドの農家へやって来るとこになると、フィービーは、映画の最中に大きな声で言うんだよ。「あんた、鰊が食えますかな?」ってね─映画の中のスコットランドの警官といっしょにさ。せりふを全部、そらで覚えてんだな、あいつ。
ニシン
シャルル・クロス、澁澤龍彦 訳、澁澤龍彦 編「燻製にしん 」『オブジェを求めて』河出書房新社
重、重、重たい金槌、ほうり投げ
長、長、長い麻糸、釘に結びつけ
こち、こち、こちの、燻製にしんを糸の先っぽにぶらさげた
ニシン
ウィングフィールド、芹澤恵 訳『クリスマスのフロスト』東京創元社
フロストはうめき声をあげた。「確かにおれは頭の回転が鈍い。だがな、おれに話をするときに、そうやっていちいち噛んで含めるように説明するな。それから、なんなんだ、そのサンドウィッチの中身は?犬の死骸か?」
「燻製ニシンのペーストです、警部」制服警官はサンドウィッチにかぶりつき、もうひと口かじり取った。
ニシン、プランクトン
星野道雄「カリブーの夏、海に帰るもの 」『イニュニック アラスカの原野を旅する』新潮社
その時、海面が黒い墨を流したように染まっているのに気がついた。船を近づけると、それはあぶくのようにわきあがる巨大なニシンの群れだった。いつかこの海の漁師から聞いた、四、五年に一度起こる、へリングボール(ニシンの塊)という現象だった。混ざり合う二つの海流が攪拌作用をし、多くのプランクトンが発生しているのだろう。
ニシキゴイ
筒井康隆「農協月へ行く 」『農協月へ行く』新潮社
金造は城塞のような上西家の建物の、外壁やバルコニーを思い浮かべた。「あの家の出っぱりはたしか三階やったな。ほたら、三階から落ちよったんけ」
「三階から落ちよったんや」母親はうなずいた。「錦鯉飼うてる泉水へ落ちたさけ、たいした怪我はなかったそうなが」
ニジウオ
マーカス・フィスター、谷川俊太郎 訳『にじいろのさかな』講談社
「おいでよ、にじうお。いっしょにあそぼう!」
だが、にじうおはただすいすいとおりすぎるだけ。
へんじもせず、とくいになって、うろこをきらきらさせて。
ネッシー
岸田秀「なぜヒトは動物園をつくったか 」『続ものぐさ精神分析』中央公論社
動物が他の動物を飼わないのは、そのような自己不全感をもっていないからである。人間にはこの不全感があるからこそ、それを埋め合わせるものとして動物が眼に映ってきたのであり、動物を飼うという発想が生まれたのである。そのために人間は、現実に存在する動物だけでは足りなくて、竜や鳳凰などの空想上の動物までつくりあげる。ギリシア・ローマ神話においても、半人半馬のケンタウロスなど、いろいろな空想動物が登場する。日本神話には八岐のおろちがいる。空想動物をつくりあげる人間の内的必要性は依然として消え去らず、現代では、ネス湖のネッシーや、テレビや映画でおなじみのさまざまな怪獣のたぐいを出現させている。
ナマズ
デボラ・ゴードン、池田清彦・池田正子 訳『アリはなぜ、ちゃんと働くのか』新潮社
その支えは金属製の網で目が粗いので、ハタラキアリは自由に通過して巣を出入りできる。大きい円錐の最上部の端は切り取られているので尖っていない。この大きい円錐の上端部には高さ約10センチメートルのこわばったサンタの帽子のような小さな円錐が乗っている。原理としてはナマズ捕りの仕掛けと同じである。
ナマコ
宮沢賢治、天沢退二郞 編「心象スケッチ春と修羅 」「蠕虫舞手 」『新編 宮沢賢治詩集』新潮社
それに日が雲に入ったし
わたしは石に座ってしびれが切れたし
水底の黒い木片は毛虫か海鼠のやうだしさ
それに第一おまへのかたちは見えないし
ほんとに溶けてしまつたのやら
ウナギ、ムラエナ・キダコ、ウツボ
トマス・ハリス、高見浩 訳『ハンニバル 上』新潮社
視野の隅で動いているウナギの存在は、クラリスもはっきり意識していた。
「学名ムラエナ・キダコだ」メイスンは言った。「これよりもっと大きなやつが、東京で飼われている。こいつは二番目に大きいんだ。通称は、”ブルータル・モウレイ(残忍なウツボ)”。なぜそう呼ばれているか、証拠を見てみたいかね?」
「いいえ」クラリスはノートのページを繰った。
ムールガイ
アンドレ・ブルトン、巌谷國士 訳「溶ける魚 」『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』岩波書店
神父はムール貝のなかで歌い、ムール貝は岩のなかで歌い、岩は海のなかで歌い、海は海のなかで歌っていた。