本のおさかなさん

小説、詩、エッセイなどの本の中からから、魚や水生動物を集めた辞書型水族館です。

さかな

コイ

車谷長吉「なんまんだあ絵 」『鹽壺の匙』新潮社

その御真影の下の床の間の掛軸は、夏は勇み鯉の瀧昇り、冬は京都の六角堂の坊さんをあしらったものだった。いずれもお伊勢参りのお土産とかで、安物らしくどちらを掛けてもあまりぱっとしなかった。


コイ

内田百間「冥途 」「短夜 」『冥途・旅順入城式』岩波書店

すると池の真中の辺で、不意に水音がしたから、驚いて見たら、暗い水面の一尺ばかり下を、大きな鯉が一匹勢よく泳いでいるのがはっきりと見えた。そう思って見ると、そのもっと底の方に、その鯉よりも遙かに大きな鯉が、矢張り同じ方に向いて、勢よく泳いでいるのが一枚一枚の鱗の数えられるほどはっきりと見えた。おやと思う拍子に鯉は二匹とも消えてしまった。


コイ

泉鏡花「高野聖 」『泉鏡花集成4』筑摩書房

馬は売ったか、身軽になって、小さな包みを肩にかけて、手に一尾の鯉の、鱗は金色なる、溌剌として尾の動きそうな、鮮しい、その丈三尺ばかりなのを、顋に藁を通して、ぶらりと提げていた。


コイ

石川淳「夢応の鯉魚 」『新釈雨月物語』角川書店

不思議のことかなと、おのれの身をかえりみれば、いつのまにか金光ぴかぴかと鱗を生じて、一つの鯉魚とは化していた。それをあやしくもおもわずに、尾をふり鰭をうごかして、こころのままに湖水をめぐる。


キンメダイ

川上弘美「いまだ覚めず 」『おめでとう』新潮社

三島の駅前できんめ鯛を買い、正月用なのだろうか、半身のきんめ鯛をざっくりとざるに盛りあげたのを無造作に売っていたので、ひとつビニール袋に入れてもらった。刺し身にするとおいしいよと言われたので、そう言いながら手渡したら、タマヨさんはどんな顔をするだろうか、びっくりしたような嬉しいような顔をするだろうかと思って実際に手渡したら、嬉しいようなびっくりしたような顔をした。


キンギョ

ニーチェ、氷上英廣 訳「第二の舞踏の歌 」『ツァラツゥストラはこう言った(下)』岩波書店

おお、この有頂天な女め!見ておくれ、このわたしがぶっ倒れて、あわれみを乞うているざまを!おまえといっしょに行きたいのは、──ほんとうはもっと楽しい小径なのだ!
──静かな、花咲きみだれた茂みをわけていく愛の小径!さもなければ、あの湖の岸べにそって!そこには金魚が泳ぎ、踊っている!


キンギョ

デラコルタ、飯島宏 訳『ディーバ』新潮社

ロビーにはミンクのコートと、こってりした厚化粧の、年とったマダム連中がしゃなりしゃなりと行き交っている、その様はすり切れてまだらになった尾ひれをゆらめかせているおいぼれ金魚を思わせた。


キンギョ

サリンジャー、野崎孝 訳『ライ麦畑でつかまえて』白水社

兄貴のことは知らんだろうな。『秘密の金魚』っていうすごい短編集があるよ。その中で一番いいのは、「秘密の金魚」っていう奴だ。自分の金魚をどうしても人に見せたがらない子供のことを書いたものなんだ。どうして人に見せたがらないかというと、自分の金で買ったからだっていうんだな。これには参ったね。


キンギョ

アンデルセン、矢崎源九郎 訳「第二十七夜 」『絵のない絵本』新潮社

娘の前にはガラス鉢が置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どり美しい箸で、水の中をそっとかきまわしていました。何か物思いにしずんでいましたので、ほんとうに、ほんとうにゆっくりとかきまわしていました。ああ、金魚はなんて豊かな金色の着物を着ているのだろう、そしてガラス鉢の中でなんてのどかに暮しながら、たくさんの餌をもらっているのだろう、でも、もしも自由になれたら、そしたらどんなに幸福だろう、と、きっとこんなことを思っていたのでしょう。


キンギョ

CreateMedia 編『日本一醜い親への手紙』メディアワークス

父は、金魚は餌をやると死ぬという不思議な考えを持っていた。夏になると金魚を買うのだが、一ヶ月くらいたつと、腹がぺちゃんこになり、骨が浮き出したようになって死んでしまった。父は、金魚は自分のウンコを食べているから餌はいらない、一ヶ月が金魚の寿命だと言っていたが、私にはどうしても納得できず、小学校四年生の時だったが、自分の小遣いで安い金魚を買い、給食のパンの残りを粉にして少しずつ与えた。それを見ていた父は、「金魚に餌をやっとるわ、どういうたわけだろう」と言い、私の愚かさが感に堪えないとの渋面を作ってみせた。そうしたら死ぬどころか、一年近くも金魚は生きた。


キンギョ

綿矢りさ『蹴りたい背中』河出書房新社

話のネタのために毎日を生きているみたいだった。とにかく"しーん"が怖くて、ボートに浸水してくる冷たい沈黙の水を、つまらない日常の報告で埋めるのに死に物狂いだった。指のここ怪我した。昨日見たテレビおもしろかった。朝に金魚死んだ。一日あったことを全部話しても足りず、沈黙の水はまたじわじわと染みてくる。


キンギョ

宮部みゆき『龍は眠る』新潮社

酒の席で、冗談半分に、同僚の記者の一人に訊いてみた。空からUFOが舞い降りてきて、鼻先にとまり、「今警察が手を焼いている事件の犯人はどこどこの誰々であるぞ」と教えてくれたとしたら、どうする?
「帰って寝る」というのが、同僚の答えだった。「で、翌朝目が覚めて、まだそんなことが現実にあったような気がしたら、入院する。きっと、点滴の壜のなかに金魚が泳いでいるのが見える」


キンギョ

星新一『夢魔の標的』新潮社

器具も知識も持たず、金鉱をめざして砂漠をさまよう男。出口をさがして水槽のなかを泳ぎつづける金魚。虹の美しさを感じとろうと努力している盲人……。


キンギョ

藤沢さとみ『ハーフラバーズ』近代出版社

彼は最小限の手の動きで、パンをちぎり、ナイフを動かし、フォークを口元に運ぶ。嫌味のない、紳士的な敬語で、私に話しかける。目をじっと見つめて話す人だった。
レストランを出た後、
「まだ時間はありますか?素敵なショーが近くであるんですよ」と私を誘った。
場所は、ニューハーフのショーを見せてくれるバー「金魚」だった。
お客さんはおばさんや若い女性が多かった。


キンギョ、ワキン、デメキン

藤枝静男「田紳有楽 」『田紳有楽 空気頭』講談社

さて現在の私は分不相応の恋を得て光ある世界のなかにいる。相手は金魚のC子で、その馴れそめの経緯は次のとおりである。
私は彼女が今年の春さき彼岸のころ縁日から買ってこられて、和金二匹といっしょに頭の上にぶちまけられたとき「また増員か、五月蠅いな」と思っただけであった。しかし、いったんつくばいの下に隠れたのち睡蓮の鉢の丸味に沿って泳いでくる小柄で丸やかな女出目金の姿が眼に入った瞬間ドキリとした。


キンギョ

萩原朔太郎「純情小曲集 」『ちくま日本文学全集 萩原朔太郎』筑摩書房

金魚のうろこは赤けれども
その目のいろのさびしさ
さくらの花は咲きてほころべども
かくばかり
嘆きの淵に身を投げて捨てたる我の哀しさ。


キンギョ

夏目漱石「夢十夜 」『文鳥・夢十夜』新潮社

代を払って表へ出ると、門口の左側に、小判なりの桶が五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、斑入の金魚や、痩せた金魚や、肥った金魚が沢山入れてあった。


キンギョ

庄野潤三「静物 」『プールサイド小景・静物』新潮社

父親と子供たちがこの小さな金魚をブリキのバケツに浮かばせて帰って来た時、彼女はいいかたちをしている金魚だと言った。そう言われてみると、小さいことは小さいが、すっとしたいいかたちをしている。


キンギョ

澁澤龍彦「画美人 」『ねむり姫』河出書房新社

とりわけ金魚銀魚を飼うことを好み、下谷池の端の金魚屋から取りよせた大小あまたのアーティフィシャルな魚を、ぎやまんの鉢にはなって勿体らしく部屋のなかに生かしておいたから、近所隣りのひとびとは七郎を貴船七郎でなく、あざけって金魚七郎と呼んだ。


キンギョ、サカナ

澁澤龍彦「撲滅の賦 」『エピクロスの肋骨』福武書店

「金魚の方がよっぽどお魚に似ているわねえ、お魚さん。」