本のおさかなさん
小説、詩、エッセイなどの本の中からから、魚や水生動物を集めた辞書型水族館です。
さかな
ホヤ
千石涼太郎『酒飲みのための魚のはなし』朝日ソノラマ
これほど好き嫌いが分かれる海の幸も珍しい。私も子供のころは、「何が海のパイナップルだよ、こんなまずいもの」と敬遠していたものだ。それがどういうわけか、酒を飲むようになってからは、品書きにホヤを見つけるとつい頼んでしまうのだから、人間の味覚の変化というのは不思議なものだ。
ホタルイカ、イワシ
山下清「蛍いか 」『にほんぶらりぶらり』筑摩書房
ホタル・イカは子どもを生むために、沖の方から海辺の近くへやってきて人間にとられるのです。そして、光ると死んでしまうそうです。ホタルよりもかわいそうです。舟はあちこちへまわって、ホタルイカの網をあげたが、やすいイワシだけがたくさんとれて、光るイカはほんの少しでした。
ホタテ
スコット・フィツジェラルド、野崎孝 訳『グレート・ギャッツビー』新潮社
涼やかな青空が水に連なるあたりを、白い帆が動いて行く。白帆の行く先には、帆立貝の貝殻の形をした海に、無数の楽しげな島々が点在していた。
ヒラメ
ジャン・コクトー、澁澤龍彦 訳『ポトマック』河出書房新社
僕たちは朗読をはじめた。ピガモンは左の手にばらばらになった原稿をつかんだ。肘で僕の腕を支えた。右の手でまるい鼈甲縁の大きな眼鏡を、怪我した鼻に近づけた。彼の顔は平目のようであった。
ヒラメ
山田風太郎「蜀山人 」『人間臨終図巻3』徳間書店
翌日ようすがすこしおかしかったが、夕食はきげんよく、ひらめをおかずに茶漬けを食べ、詩歌など作った。
「ほととぎす鳴きつるかた身はつ鰹春と夏との入相の鐘」
というのが絶筆となった。
ヒラメ
村上春樹「動物園 」『夜のくもざる』新潮社
「ねえ公一郎さん、ほら、ヒラメ!」
「よしなさいったら。地面にぺしゃっとうつ伏せになるんじゃない。汚いな。ほら、ちゃんと立ちなさい。あっちで子供が笑っているじゃないですか。あなたはもう二十六なんですよ。もう少し大人になったらどうですか。」
ピラニア
デラコルタ、飯島宏 訳『ディーバ』新潮社
ジュールは通りすがりに、古手の音楽評論家の姿に気づいて顔をしかめた。その女房は歌手なのだが、歌手というのが不思議なくらいで、歌声は何度聴いても、トイレの水を流すときの音と変わりがなかった(そのことはみんなが知っていたが、誰も口には出さなかった)。目玉のぎょろついた、ピラニアみたいな面がまえの亭主は美声嫌いで、毎週一回、その毒舌を電波に流していた。
ヒトデ
巖谷國士 監修『マン・レイ展「私は謎だ。」カタログ』アートプランニングレイ
<キキ・ド・モンパルナス>
だがキキは容器で派手好きで移り気で、カフェで歌い踊ったり男たちの気をひいたりしたので、マン・レイは嫉妬心にとらわれはじめた。キキにはなによりも野心があった。それで結局、二人の同棲生活は6年間で終止符をうつのだが、その後も友人同士のままでいつづけることができた。
彼女は映画『エマク・バキア』や『ひとで(海の星)』にも出ている。こうしたマン・レイの残した写真と動く映像の数々によって、キキ・ド・モンパルナスは現代芸術史上の不滅の星になったのである。
ヒトデ、アメーバ
デボラ・ゴードン、池田清彦・池田正子 訳『アリはなぜ、ちゃんと働くのか』新潮社
コロニーの近隣を上方から継時露出撮影すれば、岩に付着している一群のヒトデか、アメーバに見えるだろう。それぞれのコロニーの食料収集通路は仮足のように伸びたり縮んだりして周囲をうねり、また時にはコロニーの腕が近くのコロニーの腕に出会ったりする。
ヒトデ
スティーヴン・キング、白石朗 訳『グリーン・マイル5夜の果ての旅』新潮社
ジョン・コーフィは、あいかわらずねっとりとしたディープキスをメリンダにほどこしながら、ひたすら肺から空気を吸いこみつづけていた。片手はまだ横に突きだされたまま。もう一方の手をベッドに押しあてて、その巨体の体重をささえている。五本の指が大きくひろげられていた。わたしにはそれが、焦茶色の海星に思えた。
ヒトデ
ルイス・キャロル、柳瀬尚紀 訳『不思議の国のアリス』筑摩書房
アリスはどうにかこうにか赤ん坊を受けとめた。なにしろ妙なかたちをした小さな生き物で、四方八方に腕や脚を伸ばすのだ。「ヒトデみたい」と、アリスは思った。
ヒトデ
ボルヘス、堀内研二 訳「紀元前二千年のバビロニアの物語 」『夢の本』国書刊行会
別れを告げる前に老人は英雄に、どこで薔薇色のとげをした海星を見つけることができるかと尋ねた。それを味わう者には新たなる若さが授けられるというのであった。ギルガメシュは海の底からそれを手に入れたが、疲れを癒しているすきに蛇がそれを盗み取り、食べてしまい、蛇は古い皮を脱ぎ、若さを取り戻した。
ヒトデ
筒井康隆「メタモルフォセス群島 」『メタモルフォセス群島』新潮社
「あの木の葉はヒトデに似ているでしょう。それからあの実は、梨に似た味がするんですよ」と、初見がいった。
おれは眼をむいた。「あっ。乱暴だなあ。食っちゃったんですか。あのね、むやみにこの辺の木や草の実を食わないでくださいね。毒かもしれんし、放射能を濃縮して貯えているかもしれませんしね。まあいいや。それでなんという名をつけたんです」
「ヒトデナシ」
ヒトデ
川上弘美「平成の蜜柑 」『なんとなくな日々』岩波書店
蜜柑箱から手籠に蜜柑をうつし、こたつの上に置いておくと、いつの間にか積み上げられた蜜柑は減っていった。剥かれた皮は、ひとでのような形である。そのひとでが、何匹でも、重ねられた。
ピシス・アウストリヌス、サカナ
ユング、ヤッフェ 編、河合隼雄 訳、藤繩昭 訳、出井淑子 訳「晩年の思想 」『ユング自伝2』みすず書房
人とその神話の意味についての私の内省が、究極の真理をのべたとは思わない。しかし、これは、われわれの魚の時代の終わりにのべることのできるものだと思う。そして、これは、来るべき宝瓶の時代についてものべねばならないことだろう。宝瓶の図は人物像で魚の記号の次にあるものである。魚の記号は二匹の魚が逆に配置されて、対立するものの結合をなしている。水がめをもっている人は自己を表わしているようだ。卓越した姿勢で、その人は水がめの中味を南の魚(ピシス・アウストリヌス)の口に流しこんでいる。この魚は息子、すなわち未だ無意識である内容を象徴している。
ペンギン
スティーヴン・キング、矢野浩三郎 訳『ミザリー』文藝春秋
さらに室内を進んでゆく。車椅子の左側が、チャチな陶器の装飾品が載っている小さなテーブルに当たった。うえに載っている物がぶつかり合ってカチャカチャ音をたて、その一つ──陶製の氷塊のうえに立った陶製のペンギンだ──が倒れて、テーブルから落ちそうになった。
ペンギン
チャック・パラニューク、池田真紀子 訳『ファイト・クラブ』早川書房
目を閉じたまま、苦痛が白い癒しの光に姿を変え、足元から膝へ、腰へ、胸へ浮遊する想像を巡らせた。チャクラが開く。心臓のチャクラ。頭のチャクラ。クロエの言葉がぼくらの洞穴に案内し、そこでぼくらは自分の守護動物に出会う。ぼくのはペンギンだった。
洞穴の地面を氷が覆い、ペンギンは滑れと言った。ぼくらは何の苦もなく滑り出し、トンネルや回廊を抜けた。
ペンギン
栗山富明、ASAHIネット 編、筒井康隆・井上ひさし・小林恭二 選「机上の人 」『パスカルへの道第1回パスカル短篇文学新人賞』中央公論社
部屋の隅のほうでペンギンが輪になってかごめかごめをしている。