フィリッポ・ペスカトーレ略歴

1864年(0才)  ミラノに生まれる。
1870年(6才)  鰺の骨が喉にひっかかり死にそうになる。
1873年(9才)  鯛の骨が喉にひっかかり死にそうになる。
1873年(12才)  鯖の骨が喉にひっかかり死にそうになる。このとき魚の骨にひっかかる人を救うため医者になることを決意する。
1884年(20才)  医者になる。その後42年にわたって数多くの魚の骨にひっかかった人を救う。
1926年(62才)  隠居する。
1928年(64才)  イタリアおさかな愛好会を設立し、会長に就任する。(会員数1人)
1929年(65才)  自伝『私と鰺』を出版する。
1930年(66才)  小説『さかな売りの少年』を出版する。
1931年(67才)  『さかな売りの少年』が第1回おさかな文学大賞(イタリアおさかな愛好会)を受賞する。
1933年(69才)  『366日の魚言葉』を出版する。
1934年(70才) イタリアおさかな愛好会の会員数が設立当初の5倍に増える。
1936年(72才) ピザ屋の娘、ロレッラ(Lorella、27才)と結婚する。
1938年(74才) 息子シモーネ(Simone)が産まれる。
1939年(75才) ピザの中に秋刀魚を入れるかどうかで妻と喧嘩になり離婚する。
1941年(77才) 魚食の普及に貢献したとしてイタリアおさかな愛好会から表彰される。
1943年(79才) イタリアおさかな愛好会の名誉会長に就任する。
1950年(86才)  河豚の毒にあたり逝去。最期の言葉は「この河豚、最高においしい。もう死んでもいい。」


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