本のおさかなさん

小説、詩、エッセイなどの本の中からから、魚や水生動物を集めた辞書型水族館です。

さかな

フナ

宮部みゆき『レベル7』新潮社

その義父は、髪もかなり薄くなっているし、職業病の腰痛を抱え、近ごろはすっかり猫背になってきた。現役で働いているときは、両の目に独特の鋭い光があったが、引退してからはそれも影をひそめた。孫娘と一緒にホットケーキを焼いたり、釣り堀で鮒を釣ったりしている、年金暮らしの穏やかな初老の男である。


フナ、ウナギ

太宰治「女生徒 」『走れメロス』新潮社

眠りに落ちるときの気持ちって、へんなものだ。鮒か、うなぎか、ぐいぐい釣糸をひっぱるように、なんだか重い、鉛みたいな力が、糸でもって私の頭を、ぐっとひいて、私がとろとろ眠りかけると、また、ちょっと糸をゆるめる。


フナ

車谷長吉「なんまんだあ絵 」『鹽壺の匙』新潮社

それにこの井戸の底に棲んでいる鮒のことも、おかみはんの頭にはあった。井戸の底にはもう何十年になるだろう、大きな鮒が一尾棲んでいた。この鮒はずっと昔、おかみはんがまだ若い時分、この在所一帯が洪水に見舞われ床上浸水になった時に迷い込んで棲みついたものだった。その時はみんな田の草舟に乗って逃げたものだった。


フナ

内田百間「王様の背中 」『王様の背中』福武書店

又暫らく行くと、今度は道端の小川に、大きな鮒が一匹浮いて居りました。水の日向になったところを、浅くおよいでいるのです。しきりに尻尾を右左に曲げている様子が、どこか痒いのではないかと、王様には思われました。


フナ

天久聖一・タナカカツキ「フ化そして入学 」『バカドリルくるよ』扶桑社

でも、結局最後は自分で決断しました。将来のことも考え僕は都内の某商業高校への進学を決めたのです。受験は大変でした。僕はフナですからもちろん答案用紙には何も書けません。せめて無闇にはねて机から落ちない様にすること。あとはなるべく苦しそうに口をパクパクさせて、弱って死なない様に注意しました。


フグ

鶴見済『完全自殺マニュアル』太田出版

さてここまで読んだあなたは、よく耳にする青酸カリやふぐ毒の名前が出てこないのをいぶかるかもしれない。これらは現在取り締まりや管理、廃棄規定が厳しくしかれて、入手が不可能になってしまったため、意味がないのであげなかった。
またふぐの卵巣、肝臓などは猛毒を含むが、個体差や季節によっても毒性に差があるので、仮に手に入ったとしても自殺には向かない。一応これらについては、入手困難な医薬品とともに致死量を章末にあげておく。もし入手できれば、活用してもらいたい。


フグ

北原白秋、高野公彦 編「桐の花 」「猫と河豚と 」『北原白秋歌集』岩波書店

乳緑のびろうどの河豚責めふくらし昨日も男涙ながしき

河豚よ河豚汝は愚かし地に跳ねて沖津玉藻の香の嘆きする


フカ

ブルワー・リットン、平井呈一 訳「幽霊屋敷 」『怪奇小説傑作集1』東京創元社

なにかこちらの意志に逆らう力、手向かいなどとてもできぬとほうもない力、人力を越えた、歯もたたぬ力、たとえば大時化の海、大火、猛獣、絶海のただなかで鱶に出会ったときなどに、人間が肉体的に感ずる恐怖、それを精神的に感じた。べつの大きな意志があって、それは嵐や大火や鱶が、人間の力よりも量的に優位であるように、ズンとたちまさった意志であった。


フカ

萩原朔太郎、辻野久憲 編「歯をもてる意志 」『萩原朔太郎の人生読本』筑摩書房

意志!そは夕暮れの海よりして、鱶の如く泳ぎ来り、歯を以て肉に噛みつけり。


フカ

北原白秋、高野公彦 編「雲母集 」「新生 」『北原白秋歌集』岩波書店

鱶は大地の上は歩かねばそこにごろりところがりにけり


フエダイ、カニ、ロブスター

トマス・ハリス、高見浩 訳『ハンニバル上』新潮社

キャロライナ堆でとれたフエダイが、かき氷の上に何匹かずつ整然と並べられているかと思えば、木箱の中で蟹が足を動かしており、水槽の中では何匹ものロブスターが互いにからみ合っている。


フエダイ

野中雅代 監修『フリーダ・カーロとその時代展カタログ』東京新聞

<マリア・イスキエルドフエダイのある静物>
画面手前に、左に寄りすぎたプロポーションでテーブルがありその上に二点透視法で巨大なフエダイ、チーズ、海老、ゆで卵、アボガドなどがナイフや調味料と描かれている。巨大なフエダイに焦点を当てて強烈な色彩で描きながら、イスキエルドはテーブル上のすべての物を同じ強い色彩で描いている。すべての物に焦点が当てられたナイーヴ・ペインティングの手法をとりながら、すべてバランスをとって描く手法は見事である。


エボシガイ、フジツボ

スティーヴン・キング、矢野浩三郎 訳『ミザリー』文藝春秋

この苦痛から逃れられるなら、どうなってもいいと思った。痛みというものがどこまで激しくなりうるものか。それは想像を絶していた。杭がどんどん大きくなってゆく。エボシガイやフジツボがそれに付着しているのが見える。杭の割れ目には、死んだ青白いやつが力なくひっかかっていた。そいつらは幸運だ。もはや苦痛は終わったのだから。三時をまわった頃、なんの役にも立たないとわかっていながら、叫び声をあげずにいられなくなった。


イセエビ

ディケンズ、小池滋 訳「クリスマス・キャロル 」『クリスマス・ブックス』筑摩書房

マーレーの顔なんです。袋小路の他のもののように真暗な影になってたんじゃなくて、暗い穴蔵の中の腐った伊勢えびみたいに、気味悪く光ってるんです。


エビ

ルイス・キャロル、柳瀬尚紀 訳『不思議の国のアリス』筑摩書房

「たぶん海老に紹介されたこともないんだろうし──」(アリスは「一度、食べたこと──」といいかけたが、あわてて思いとどまり、「ええ、ありません」といった)「──だからわからんじゃろうな、海老踊りがどんなに愉快なもんか!」


エビ

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』講談社

私はキッチンの床でいま溶けつつあるはずの海老や牛肉やバターやトマト・ソースのことを考えた。おそらく今日じゅうに食べてしまわなければならないだろう。


エビ

村上春樹『1973年のピンボール』講談社

彼女は黙りこくって海老を食べつづけた。僕も海老を食べた。そして海老を食べながら貯水池の底の配電盤を想った。


エビ

藤沢さとみ『ハーフラバーズ』近代出版社

今は良治との、二人の生活用品を買うのに必死だ。
台所用品はほぼ揃った。私は料理をすることが大好きで、今夜のおかずのエビフライも、全部最初から手がけた。もともと料理をしたことがないので、なにかと手際が悪くて大変だけどそれでも、愛する人のために料理をしてあげることがとても楽しかった。


エビ

多和田葉子「ペルソナ 」『犬婿入り』講談社

お邪魔でしょうからすぐ帰ります、と道子はうつむいたまま言った。あら、そんな、と佐田さんと山本さんは同時に言った。それからふたりは同時に立ち上がり、佐田さんが戸棚からエビせんべいを出している間に、山本さんはやかんの湯を急須に注いだ。


エビ

武田百合子「怖いこと 」『ことばの食卓』筑摩書房

「こうやってごらん」眼と鼻の間にイーッと皺を作らせてから「ここに海老が出来る人は美人で運がいいんだってよ」などと言う。